地位確認等請求(神戸弘陵学園事件) 戻る
平成2年6月5日最高裁判所第三小法廷判決 平成1年 (オ) 854 (破棄差戻)
判決理由  主文
原審は、〔中略〕被上告人が本件雇用契約を一年の期間付のものとしたのは、本校の開設後間もなく一時に大量の教員を採用する必要があり、上告人のように教員経験のない者を新規に教員として採用するに当たっては、その適性について吟味する必要があることから、一年間の判断期間を設ける趣旨でしたものであり、右期間を一年としたのは、学校教育は行事等も含め一年単位で行われることから、各教員にひととおりの経験をしてもらった上で、その適性を判断しようという趣旨からであるという事実を認定している。
 ところで、使用者が労働者を新規に採用するに当たり、その雇用契約に期間を設けた場合において、その設けた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、右期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き、右期間は契約の存続期間ではなく、試用期間であると解するのが相当である。そして、試用期間付雇用契約の法的性質については、試用期間中の労働者に対する処遇の実情や試用期間満了時の本採用手続の実態等に照らしてこれを判断するほかないところ、試用期間中の労働者が試用期間の付いていない労働者と同じ職場で同じ職務に従事し、使用者の取扱いにも格段変わったところはなく、また、試用期間満了時に再雇用(すなわち本採用)に関する契約書作成の手続が採られていないような場合には、他に特段の事情が認められない限り、これを解約権留保付雇用契約であると解するのが相当である。そして、解約権留保付雇用契約における解約権の行使は、解約権留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由があり社会通念上相当として是認される場合に許されるものであって、通常の雇用契約における解雇の場合よりもより広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきであるが、試用期間付雇用契約が試用期間の満了により終了するためには、本採用の拒否すなわち留保解約権の行使が許される場合でなければならない。
 そこで、本件において、一年の期間の満了により本件雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が上告人と被上告人との間に成立しているなどの特段の事情が認められるかどうかであるが、原審は、上告人は、昭和五九年三月一日の第二回目の面接の際に、被上告人の理事長から、採用後の身分は常勤講師とし、契約期間は一応同年四月一日から一年とすること及び一年間の勤務状態を見て再雇用するか否かの判定をすることなどにつき説明を受けるともに、口頭で、採用したい旨の申出を受け、同年三月五日、右申出を受諾した、と認定しており、契約期間につき被上告人の理事長が「一応」という表現を用いたとしているのである。また、原審は、上告人は、右第二回目の面接の際に、被上告人の理事長から「雲雀が丘は断って、うちで三〇年でも四〇年でもがんばってくれ。」とか「公立の試験を受けないでうちへきてくれ。」とか言われた旨供述しているが、被上告人の理事長は上告人が教員としての適性を有することを期待し、契約を更新して末永く本校において教鞭をとることを望んでいたことが認められるから、一年の期限付契約を結んだことと右被上告人の理事長の発言とは矛盾するものではない、としている。原審は被上告人の理事長が上告人の供述するとおりの発言をしたと認定しているのかどうかは必ずしも明らかではないが、もし右発言がされたのであるとすれば、被上告人の理事長は契約期間の一年を「一応」のものと述べたというのであり、右理事長が用いたと認定されている「再雇用」の文言も、厳格な法律的意味において、雇用契約を新たに締結しなければ期間の満了により契約が終了する趣旨で述べたものとは必ずしも断定しがたいのであって、一年の期間の満了により本件雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が上告人と被上告人との間に成立していたとすることには相当の疑問が残るといわなければならない。
 もっとも、原審の認定によれば、上告人が署名捺印した期限付職員契約書には、上告人が昭和六〇年三月三〇日までの一年の期限付の常勤講師として被上告人に採用される旨の合意が上告人と被上告人との間に成立したこと及び右期限が満了したときは解雇予告その他何らの通知を要せず期限満了の日に当然退職の効果を生ずることなどの記載がされているというのであり、右によれば、一年の期間の満了により本件雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が上告人と被上告人との間に成立していたかの如くである。しかし、上告人が被上告人から右期限付職員契約書の交付を受けたのは本件雇用契約が成立した後である昭和五九年四月七日ころであり、これに署名捺印したのは同年五月中旬であるというのである。また、本件記録によれば、上告人が被上告人に提出した右期限付職員契約書の第一条には、被上告人は学園の生徒数、職員数等の事情から昭和五九年度に限り本契約職員を採用する必要がある旨記載されていることが窺われるところ、本校は昭和五八年四月に開校されたというのであるから、昭和五九年度は開校二年目で、生徒は一年次生と二年次生のみであり、昭和六〇年度になって一年次生から三年次生までが初めて揃う状況にあった。したがって、昭和五九年度から昭和六〇年度にかけてはむしろ生徒数が増加する状況にあり、生徒数の事情から昭和五九年度に限って期限付職員を採用する必要があったとは思われず、同様に職員についても生徒数の増加に伴い増員する必要こそあれ、職員数の事情から昭和五九年度に限って期限付職員を採用する必要があったとは思われない。次に、本件記録によれば、右期限付職員契約書の第二条には、上告人は被上告人学園勤務規定を遵守して誠実に勤務する旨の記載があることが窺われるが、昭和五九年五月当時には右勤務規定はいまだ作成されていなかったことが窺われるのである。以上によれば、上告人の提出した期限付職員契約書は、本件雇用契約の趣旨・内容を必ずしも適切に表現していないのではないかという疑問の余地がある。
 更に、本件記録によれば、上告人は昭和五八年三月に京都産業大学経済学部を卒業後、昭和五九年三月に仏教大学社会学部通信教育課程を終了して、本校の教員に採用されたものであることが窺われるところ、このような場合には、短期間の就職よりも長期間の安定した就職を望むのがわが国の社会における一般的な傾向であるから、本件において上告人が一年後の雇用の継続を期待することにはもっとも事情があったものと思われる。
 以上のとおりであるから、本件雇用契約締結の際に、一年の期間の満了により本件雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が上告人と被上告人との間に成立しているなどの特段の事情が認められるとすることにはなお疑問が残るといわざるを得ず、このような疑問が残るのにかかわらず、本件雇用契約に付された一年の期間を契約の存続期間であるとし、本件雇用契約は右一年の期間の満了により終了したとした原判決は、雇用契約の期間の性質についての法令の解釈を誤り、審理不尽、理由不備の違法を犯したものといわざるを得ず、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。