労働災害補償金不支給決定処分取消請求事件  戻る
平成24年2月24日最高裁判所第二小法廷 判決 棄却 平成22(行ヒ)273  
主   文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人本田兆司,同桂秀次郎の上告受理申立て理由について
1 本件は,建築工事の請負を業とする有限会社A(以下「A社」という。)の 代表取締役であり労働者災害補償保険法(平成12年法律第124号による改正前 のもの。以下「法」という。)27条1号所定の事業主(以下「中小事業主」とい う。)の代表者として法28条1項の承認に基づき労働者災害補償保険(以下「労 災保険」という。)に特別加入していたBが,A社において受注を希望していた工 事の予定地の下見に赴く途中で事故により死亡したことに関し,その妻である上告 人が,Bの死亡は同項2号にいう「業務上死亡したとき」に当たるとして,法に基 づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ,広島中央労働基準監督署長から,これらを支給しない旨の決定(以下「本件各処分」という。)を受けたた め,その取消しを求めている事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) A社は,広島市内に本店を置き,建築工事の請負等を目的とする会社であ り,主に橋梁工事の下請を行っていた。A社においては,代表取締役であったBの ほか,Bの妻である上告人とBの長女が取締役を務め,上告人が経理事務を担当していた。A社には3名の従業員が在籍し,うち1名はレッカー車のオペレーター, 他の2名はとび職であった。
(2) A社は,平成5年4月1日,広島労働基準局長に対し,事業主をA社,特別加入予定者をB,業務の具体的内容を「建築工事施工(8:00〜17:00)」として,法28条1項に基づく労災保険の特別加入の申請をし,同月2日,同項の承認を受けた。
(3) Bは,平成10年▲月▲日,広島県庄原市内において自動車を運転してい た際,自動車ごと池に転落して溺死した(以下「本件事故」という。)。本件事故 当時,Bは,A社において同市内の架橋工事等4件の工事の受注を希望し,代議士 秘書などに対して元請業者に働きかけるよう依頼するなどしていたが,上記各工事 は2,3年のうちに着工されるであろうということしか知らず,上記各工事の元請 業者,契約時期,工事期間等の情報は把握していなかった。Bは,前日から泊まり がけで上記各工事の予定地の下見に赴き(以下,これを「本件下見行為」とい う。),その途中で本件事故が発生した。
(4) 本件事故当時,A社の従業員は,いずれも現場作業にのみ従事し,営業, 経営管理等の業務には携わっていなかった。現場の下見は,ほとんどBが1人で行 っており,従業員も同行したことがあるが,それは現場の作業に携わる従業員も補 助として下見に行った方が作業等の計画を立てやすいということによるものであっ た。
(5) 上告人は,平成12年2月15日付けで,広島中央労働基準監督署長に対 し,法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが,同署長は,同13年 2月8日付けで,本件事故当時のBの行動は特別加入者として承認された業務の内容の範囲とは認められないとの理由により,これらを支給しない旨の本件各処分をした。
3 原審は,上記事実関係等の下において,本件下見行為はA社の営業活動の一 環として行われたものであるところ,A社においては,このような下見行為は従業 員の業務とされておらず,代表者であるBの業務とされており,本件下見行為を労 働者が行う業務に準じたものということはできないから,本件下見行為中に発生し た本件事故によるBの死亡は法28条1項2号にいう「業務上死亡したとき」に当 たらず,本件各処分は適法であるとして,上告人の請求を棄却すべきものとした。 4(1) 法28条1項が定める中小事業主の特別加入の制度は,労働者に関し成立している労災保険の保険関係(以下「保険関係」という。)を前提として,当該保険関係上,中小事業主又はその代表者を労働者とみなすことにより,当該中小事業主又はその代表者に対する法の適用を可能とする制度である。そして,法3条1項,労働保険の保険料の徴収等に関する法律3条によれば,保険関係は,労働者を使用する事業について成立するものであり,その成否は当該事業ごとに判断すべきものであるところ(最高裁平成7年(行ツ)第24号同9年1月23日第一小法廷判決・裁判集民事181号25頁参照),同法4条の2第1項において,保険関係 が成立した事業の事業主による政府への届出事項の中に「事業の行われる場所」が含まれており,また,労働保険の保険料の徴収等に関する法律施行規則16条1項に基づき労災保険率の適用区分である同施行規則別表第1所定の事業の種類の細目を定める労災保険率適用事業細目表(昭和47年労働省告示第16号)において,同じ建設事業に附帯して行われる事業の中でも当該建設事業の現場内において行われる事業とそうでない事業とで適用される労災保険率の区別がされているものがあることなどに鑑みると,保険関係の成立する事業は,主として場所的な独立性を基準とし,当該一定の場所において一定の組織の下に相関連して行われる作業の一体を単位として区分されるものと解される。そうすると,土木,建築その他の工作物の建設,改造,保存,修理,変更,破壊若しくは解体又はその準備の事業(同施行規則6条2項1号。以下「建設の事業」という。)を行う事業主については,個々の建設等の現場における建築工事等の業務活動と本店等の事務所を拠点とする営業,経営管理その他の業務活動とがそれぞれ別個の事業であって,それぞれその業務の中に労働者を使用するものがあることを前提に,各別に保険関係が成立するものと解される。
したがって,建設の事業を行う事業主が,その使用する労働者を個々の建設等の 現場における事業にのみ従事させ,本店等の事務所を拠点とする営業等の事業に従事させていないときは,上記営業等の事業につき保険関係の成立する余地はないから,上記営業等の事業について,当該事業主が法28条1項に基づく特別加入の承認を受けることはできず,上記営業等の事業に係る業務に起因する事業主又はその代表者の死亡等に関し,その遺族等が法に基づく保険給付を受けることはできないものというべきである。
(2) 前記事実関係等によれば,A社は,建設の事業である建築工事の請負業を 行っていた事業主であるが,その使用する労働者を,個々の建築の現場における事業にのみ従事させ,本店を拠点とする営業等の事業には全く従事させていなかったものといえる。そうすると,A社については,その請負に係る建築工事が関係する個々の建築の現場における事業につき保険関係が成立していたにとどまり,上記営業等の事業については保険関係が成立していなかったものといわざるを得ない。そのため,労災保険の特別加入の申請においても,A社は,個々の建築の現場における事業についてのみ保険関係が成立することを前提として,Bが行う業務の内容を当該事業に係る「建築工事施工(8:00〜17:00)」とした上で特別加入の承認を受けたものとみるほかはない。
したがって,Bの遺族である上告人は,上記営業等の事業に係る業務に起因する Bの死亡に関し,法に基づく保険給付を受けることはできないものというべきとこ ろ,前記事実関係等によれば,本件下見行為は上記営業等の事業に係る業務として行われたものといわざるを得ず,本件下見行為中に発生した本件事故によるBの死亡は上記営業等の事業に係る業務に起因するものというべきであるから,上告人に遺族補償給付等を支給しない旨の本件各処分を適法とした原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。